超ハイルーフ

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3日間続いた暴風雪がやっと静まった。
1,6Mの積雪というが連日の除雪。ここに移ってから30年の記憶をたどれば2番目か3番目。ここ2~3年は少雪だったので、筋肉疲労がなまった身体によけいに応える。

JRも飛行機も全便欠航、高速は止まるしバスさえも一部運行中止で市内はマヒ。

 

綿帽子といえばソフトなイメージだが、キャンパーの上にも80cmの雪。

がんばって下ろすか。

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どろがめ先生の想い出

 

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雪の中に散らばる無数の黒い点・・。

畳んだダンボール箱を整理していた時のこと、パラパラパラと何百匹もの虫が落ちてきた。ダンボールの隙間に集団で冬眠していたカメムシたちだ。去年の夏に大発生したオオカメムシやスコットカメムシなど数種類が、ビッシリ躰を寄せ合って冬の寒さを凌いでいる最中だったようだ。

落下を免れて隙間に残っていたヤツらは、またそっと畳んで元の場所に戻してみた。雪の中のヤツらは仮死状態で動かないが、死んでいる訳ではないので指でつまむとあの強烈なニオイが漂う。雪を払い落として拾い集めたとしても、ふたたび春に目覚めるのは無理だろう。かわいそうだが大量虐殺の現場はそのまま手を着けずに保存する。

 

カメムシを見るたび想い出すのは今は亡きどろがめ先生だ。一度も教壇に立ったことのない東大名誉教授として有名な東大富良野演習林の高橋延清先生は、自ら<どろがめ>と称し、聞き手を引き込む独特の話術が得意なおじいさんだった。

20年以上も前になるが、ホタルに関するシンポジウムが道新ホールで開かれ、どろがめ先生に自由なテーマで講演を依頼した時のこと。畳敷きの楽屋で長机に寄りかかり、差し入れの日本酒を秘書の女性のお酌でコップに口をもっていきながら柔和な顔でチビチビと。雪氷学で有名なお兄さんの高橋嘉平さんの話を振ると、「そうそう。よく知ってるね。」と、頷きながらご機嫌そうだったことを想い出す。

出番の知らせが来ると先生は赤ら顔にバンダナを巻いてステージ裏へ、我々は客席にまわって講演を聞くことに。ややあって、上手のそであたりからズシンと何かが落ちたような音。長い間をおいてそれが二度三度。先生の姿が見えてくると、その大きな音は大股でステージの床を踏みつける音。ドシンドシンと踏み鳴らしつつそのまま下手まで。そしてよろめきながら戻ってくると今度は大きな声で「カメムシさん!カメムシさん!」「クマゲラクマゲラ君!」。満員の聴衆は呆気にとられ何が起きているのか俄かには理解できない様子。話としては、演習林を舞台に擬人化した生き物たちの話で、カメムシやミミズのような嫌われ者だって自然の中では大切な役割がある・・といった内容だったように記憶している。いや、今となってはそれすらも曖昧だ。

結構な酒がからだに入っていたことを知っていたからこそ、足どりが心配だったこと、登場の仕方がショッキングだったこと、それにも増して大声のカメムシ連呼が耳の奥に残っていて、カメムシを見るたびにどろがめ先生を想い出す。

 

 

別れたオンナは、、

仕事に使っていたクルマを乗り換えることにした。

大きなトラブルも無く、二十数年間で30万キロ近く走ってきたランドクルーザー80だ。何度かの日本縦断に加え、北海道の隅々まで走り回っていつも一緒だった。

加齢による体力の低下は否定し難く、若い頃なら一人で何ごともなくルーフトップできたカヌーやタンデム艇を積みにくくなり、仕事場の外の柱にミニクレーンのようなホイストを設置して、まず吊り上げてからクルマに乗せるという二度手間が避けられなくなっていた。

ちょうど車検のタイミングでもあったし、いっそのことハイエースのバンにオーバースライダーというキャリアを取り付けてやればその方が簡単そうだし、最近増えてきた分割艇も個別に梱包したものを荷室に難なく積み込める。

こう決心してクルマを探す段になってハタと気付いたのが、これまで全く考えもしなかった自分自身の残り寿命だ。新車を買ったって20年も乗れるわけじゃない。免許返納を言われる80歳にもなってバンは無いだろう。カヤックを積んで長距離を走るような今の仕事が続けられるとして、とりあえず5年、上手くいったって10年か?よし、程度はソコソコの中古車を見つけよう。

北米を除く世界中で一番多く乗られているハイエースだ。タマ数も多いから適当なバンはワリと簡単に見つかった。その納車と相前後して、これまで親しんだランクル80が売られていった。

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中東をはじめアジアやアフリカなどでは、30万キロ程度の走行距離など問題にならないくらいランクルの人気は高いそうで、なんと百万円近い買取値がついた。

乗り換えて改めてランクルの性能に感心する。力強さやトータルなバランスから生み出される雪道での信頼感は、やはり自分の仕事にはこの上のないものだった。

別れたオンナはいい女、、、今更どうにもならないが、日本よりももっと過酷な環境で更なる活躍を願うとしよう。同時に思う、自分自身ももう少し頑張らねば!

 

 

がんばれよ!

元旦からもう半月が過ぎたが、降り続く雪に除雪の手を休めない。自宅と仕事場の両方で除雪機を動かさなかったのは二日もあったろうか。

昨日は腰上ほどの屋根の雪を、助っ人のHと一緒にほとんど下ろしたし、今日もやっぱりクルマの上の雪を下ろし、昼前まで工房周辺の除雪に掛かってしまった。

熱いコーヒーをすすりながらPCを開けてメールのチェックをしている時のこと、床下から微かな音と何かが動く気配。ネズミや鳥が立てる音にしてはやや大きめ。でもまあよくあること。数秒で関心は薄まり、コーヒーのカップを口に戻し、何とはなしに窓の外を見やる。

「・・・!ん?、何だ?」 床下から子ダヌキが這い出してきて道路の方にひょこひょこと歩いて行く。この時期に見慣れたタヌキはふかふかの冬毛でからだがまるく見えるくらいだが、この子は夏毛のように痩せている。疥癬にでも罹っているのだろうか。

あの動きならまだ間に合うだろうとカメラを掴んでおもてに出てみると、意外にワダチの雪道を100メートル近く進んでいた。この距離では写真にならないと諦めて見送る。何か声を出した訳ではないのにこちらの立ち姿を認めて立ち止まると、速足で逃げるどころかこちらに向かってトコトコ歩いてくる。1メートルちょっとの位置まで来てやっと歩みを止めた。犬ならば手を伸ばして頭を撫でてやりたくなる距離だ。

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こんな昼間にひとりで出歩いちゃダメじゃないか、親や兄弟はどうした?

両側が高い雪の壁の一本道、もしクルマが来たら轢かれてしまうし、一面の雪の中では動く黒い点としてあまりに目立つからカラスや猛禽に狙われる。

夏なら容易に見つかるミミズや虫は深い雪の下。雪が解けて土が顔を出すまであと三月。ひもじいだろうが頑張れよ!

コロナが教えてくれたコト

目に見えない不気味なヤツに、この地球が覆われてもう2年。この間に、人類がこれまであまり意識せずに暮らしていたことを、コロナウィルスが問答無用にあぶり出してくれました。

 

例えば国境。 犯罪者でもない限り自由な往来ができていた各国の扉は、感染者数が増えるたび他国との協調なしにシャットダウン。素早い対応が肝心とはいうものの、日本人外国人双方で行くに行けない戻るに戻れない例が多く発生。その人たちの焦りやもどかしさは如何ばかりだったでしょう。

例えば各国のリーダーと政治体制。 わずかな感染者でも即座にロックダウンする国もあれば、死者数さえまったく無視してパンデミックを認めない国。他国に責任を認めさせることで失敗から目をそらせようとする国もあれば、情報を力で操作して朝飯まえのように真実を消してしまう国。

例えば経済格差と貧困問題。 途上国ではワクチン接種が行き渡ることなど夢のまた夢だというのに、経済力のある国は、金にまかせて2回分でも3回分でもワクチンを買いあさります。厚顔無恥とはこのことでしょう。他方、このところの新自由主義の台頭は、富める国の中でも、富める層を維持するために固定的な貧困層を作り出しています。需給バランスの便利な調整弁として使われる非正規社員やアルバイトを救済する施策は手薄で、自殺者やホームレスを必然のように社会が作り出します。

例えば国民性の違い。 個人の意思を第一の土壌とする国では、マスク着用やロックダウンの指示を無視するばかりか暴動まで頻発します。多くの専制国家では権力に従順でない者を棒で叩いてでも従わせる映像が流されます。かと思えば、同調と忖度のわが国では、強制も罰則もないのに国民全員が人前でのマスク着用を欠かしません。

例えばわが国の技術力。 資源はなくとも技術で「JAPAN AS No1」といい気になっていた成長無き30年。うすうす気付いてはいたものの、その間にGDPランクでは中国に蹴落とされ、平均所得の世界ランクは急降下。ワクチンはおろかマスクさえも自国で作ることができないという情けなさ。 

 

オミクロン株の蔓延でもう一波乱ありそうな予感がする年明けですが、まだまだ興味深い世界の差異を浮き彫りにしてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

耐えに耐えて

自宅のすぐ近くに貸し切りバスの車庫というか、かなりの台数が青空駐車されるプールがあります。

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そのうち道路沿いに並んで停められた10台ほどが、毎朝の通勤時に嫌でも目に入ってくるのです。ほんの一瞬ではありますが、「あァ、今日もずらっと停まってるな」と、仕事がなくて動かないバスたちを気の毒な想いで一瞥して通り過ぎます。

このバスたち、去年の春までは朝早くから出動していて、ここから見える景色はただ広い青空でした。主に中国や台湾の観光客を乗せて道内あちこちを走り回っていたのでしょう。コロナウィルスの影響は大きく、いきなりブッツリ途切れた外国人観光客は、このバスたちだけでなくホテルや土産物屋に、それまで想像もしなかった打撃を与えました。

去年のGo Toキャンペーンの時と同じように、先月の自粛解除のあとはそれでも歯が欠けたように数台が列を抜けて仕事に出かける様子もあったのです。

世界が落ち着きを取り戻したかのように思われた数週間前、今度はオミクロン株とやらが一旦開きかけた各国のドアを再び固く閉じさせてしまいました。

やはり通勤途中にある、外国人団体客が毎日バスで乗り付けていた焼肉と寿司のバイキング店は、1年以上前に閉店を決め、今では駐車場も玄関前も草が伸び放題。

 

この間、マネーゲームで儲けた人や、収入に変化のない給与生活者も多かったでしょうが、ひたすら耐えに耐えている人たちにも想いをいたさねばなりません。

 

釧路の夕日

たしかに、印象に残るシーンではあります。

日高山脈の西側に転げ落ちてゆく秋の夕陽。幣舞橋の欄干から海に向かってはもう遮るものもなく、旅情も手伝って忘れられない緋色の世界です。

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あまり古い記憶にはないので最近云われるようになったのかもしれませんが、この景観が<世界三大夕日>だというのです。

あとの2カ所がにわかに思いつかないのでNetで調べてみました。

一つはフィリピン=マニラ湾の夕日、もう一カ所はインドネシア=バリ島の夕日だそうです。さらにそれを広めたのは釧路のバーのママ。馴染みのお客さんで外国航路の船員さんが自分の経験として言っていたからというのが話の始まりだとのこと。

世界・・・というからには、大西洋に沈むポルトガルや、太平洋を染めるカリフォルニアの海岸だってあるでしょうし、海ばかりではなく砂漠や雪原にだって見る人を唸らせる日没の景色があるに違いありません。

<日本三大夕日>や<北海道三大夕日>というのもあるようですが、絶対という固定的なものではなく、北海道でいえば留萌の黄金岬や厚田の恋人岬、日本でいえば能登半島の千里浜や出雲の日御碕など、あげればキリがありません。

それらの夕日の素晴らしさを否定するものでは全くありませんが、まあ、こうしたものは言ったもの勝ちなんでしょうね。