ビブラム神話


いかにも米国的で無骨なこのソレル社の防寒靴を、冬の間じゅうずっと履き続けてきました。おそらく今度の靴で5代目か6代目ですから、愛用するようになってからもう30年以上にもなるでしょうか。
靴底の減りが気になり出した3年ほど前から、買い替えようかなと思いつつ、ビブラム神話に捉えられて今ひとつ踏み切ることができませんでした。”ビブラム神話”。そんな言葉は聞いたことがありませんし、自分で勝手に作った造語ではありますが、目からウロコの体験をして初めてビブラムソール(靴底)を特別視していた自分や周囲に気付かされたことを考えると、いちばん状況を言い当てている言葉のような気がするのです。

それまでの厚い革製の靴底にたくさんの鋲が打ち込まれた登山靴に較べて、70年ほど前にイタリアのビブラム社が作り始めたゴム製の靴底は、その性能において圧倒的優位を主張し、ほぼ10年ほどの間に鋲靴を駆逐して登山界に君臨することになります。日本の登山界においては戦争の混乱を挟んだためにやや遅れはしましたが、ナーゲルの名で親しまれた鋲靴が1950年代をもって姿を消し、1960年代にはビブラムソールを貼付けた登山靴がとって代わります。時はちょうど団塊世代が若者と呼ばれる年代になり、登山やワンゲルが盛んになるのに合わせ、ビブラムパターンを採用したエントリーモデルの軽登山靴”キャラバンシューズ”が藤倉ゴムから発売されて一世を風靡した頃と重なります。
外周に間隔を置いて並んだ縦長のクリンカー、足裏に配置されたムガー、土踏まずの両側端にトリコニーという3種の鋲を打ち込んだ革製の登山靴は、アルプスやヒマラヤの黎明期に絶大な実績を残したものの、濡れた岩肌では滑りやすく、打ち込まれただけの鋲が抜け落ちる欠点も持っていました。それに比較して鋲底のパターンをそのままゴムで作ったビブラムソールは、濡れても滑り難いグリップ力の高さやメンテナンスフリー、また安価さにも後押しされて短期間のうちに市場を席巻し、その信頼性から登山靴ばかりかワーキングシューズから長靴にまで採用されることになりました。

さて、そのビブラムソール(画像右)のフリクションを絶対視していた自分にとって、ソールの全体に丸いツブツブを配置した新しいソレル(画像左)は、その使用感に対する猜疑心とほんの少しの憤りが、買い替えにためらいを生じさせたのです。
ところがところが、使ってみたら仰天の結果。雪ばなれサイコー。パターンの間に挟まった雪が解け出してクルマのフロアマットを濡らすことも少ないし、雪道を歩いても走っても滑りにくい。ビブラムソールのグッグッという踏み音に対して、イボイボソールはグギュッグギュッといった感じでかなりのフリクションアップ。
「ソレル社の開発担当者さん、すこしナメてました。イヤイヤすみません。」

でも、自分が歩いた跡に残る靴底パターンは、従来のビブラムの方が丸いブツブツよりもヘビーデューティーで頼りがいがあるように感じるのは、それも偏見でしょうか。