気配


雪の白さと黒い地面のオセロゲームが始まると、冬のなごりを押しのけるようにフキノトウが枯れ野から吹き出します。地肌にちらばる萌黄色の点々は、遠目にはまるで満天の星のように光って見えています。
コブシやサクラの開花と競うように、これから10日ほどの間に、50センチを越える草丈にまで伸び上がり、何のじゃまもない原野の上を吹き渡る風に種子の綿毛を預けます。そして、用済みになって突っ立ったままのフキノトウの根元からはたくさんの蕗の葉が萌え出し、一面の枯れ野はみどりに変わっていくのです。
遅れて目覚めたエゾヨモギたちがフキの葉の丈を越える頃、今は未だ地中に眠るフキバッタたちの卵が孵って大発生し、音をたててフキの葉を蝕み始めます。そしてその頃です、キツネやタヌキの糞に消化できないバッタの脚が無数に混じるようになるのは。

そんな春の原野を優しく踏みながら、立派な三つ又の角を持つオスのエゾシカが、ゆっくりゆっくり工房裏手の窓の向こうを歩いて行きました。なにげなくそのあたりの地面を見ると、軒下の壁際に子グマのものらしき糞のかたまり。といってもこの冬籠り中に産まれた乳飲み子ではないので、明け2才ということになります。
黒く柔らかい毛をした幼獣が、宿便を出そうと軒下で背中を丸めて踏ん張っている様子は想像するだけで顔がほころびますが、5〜6月の繁殖期まで母グマが前年の子を連れているのはよくあること。もしそうだっったら遭わないほうが良かったかも。

クマゲラヤマゲラの地鳴きとドラミングを聞きながら思います。
こんなにたくさんの生き物たちの気配の中で仕事をし、ときには外に出てその空気を吸い込みながらの毎日は、なんと贅沢なことなのでしょう。