祈る

数日前の夕刻、戸締まりを済ませ、クルマに乗って道路に出たすぐのところにそいつらは居たんです。

高いところで木の枝葉がかぶさって少し早めに薄暗さに覆われた道路の上、黒いかたまりが2つ動き回っているのが見えました。じゃれあうような動きに、それが子グマだとすぐに判りましたが、3〜4M手前に停車したのに遊ぶのを止めようとしません。
一瞬おいた後、2頭は同時に立ち上がり、こちらを凝視したままフリーズ。
見た感じの体重は20キロ台。30キロまではいっていないと思われますが、今年生まれて順調に育っている様子が見て取れます。

数秒後、道路右手のノリ面の下から、ヤブを踏みしだいて母熊が現れ、子グマ達をうながしてトロットで前に進み始めました。

こけつまろびつといった感じで一生懸命クルマの前を走る子グマの可愛いこと。適度な距離を保ってその後ろをゆっくり走る母グマはといえば、四肢や肩の筋肉の動きに合わせてしなやかに長い毛を波打たせ、振り返ることもありません。
「この子たちはわたしが守る」という誇りと自信に満ちた様子が、余計にその体格を大きく見せているようです。
そうはいっても目測200キロを少し下回る程度の、メスの羆としてはやや大きめくらいのサイズなのですが、首の後ろから両肩にかけて金毛が光っているところをみると、それほど若くない、成熟したベテランの母熊のようです。

数十メートル走ったあたりで、前を行く子グマ達に母親が何か合図でもしたのでしょうか?
2頭がそろって方向を変え、左手のコクワとマタタビのヤブの中を駆け上り、その後ろを母熊がゆっくり追って姿を消してしまいました。

次の朝、そのすぐ近くで羆の目撃があって猟友会が出動したとのTVニュースが目に入り、一瞬ギクッとしたのですが、単独の若グマだったようで安堵しました。
意味のない余計な心配だとは思いつつ、この時期に母熊が撃たれたら残された子グマはと考えてしまいます。

わずかな時間ではありましたが、子ッコたちの愛らしい動きや母熊の毛並みの美しさは、今でもしっかり網膜に残っています。

キツネやタヌキ、ウサギにリス、それに鹿から羆まで息づく高い自然度の中に身を置ける幸運をあらためて感じるとともに、幸せな時間をくれたあの親子のヒグマたちが、人間との間に不要な軋轢をもたらすことなく、良い一生を過ごしてくれるように祈りたいとおもいます。