もの云はぬ客

曇天模様が数日続いていたが、久しぶりに爽やかな朝の太陽を肌に感じながら工房のドアを開ける。
次々にカーテンを開けて部屋に光りを取り込んでゆく。
最後の窓のカーテンを左手で勢いよく引いたときだ。その手首にひんやりとした感触とともに結構な重みが。

手首に乗っかったというかぶら下がったのはかなりな大きさのアオダイショウ! さほど慌てる様子もなく、手の甲にヌラ〜〜っと不思議な触感を残しながら左の頭の方向へ移動をはじめる。手首に感じる重さがだんだん軽くなってくるのは、少しずつシッポの末端に近づいてきたからだ。

このまま自由にさせてはいけない。毒蛇ではない。表に放り出そう。
思い切ってシッポから30cmほどのところを握る。しかしすでに首から先はスチールラックの柱に巻き付き、逃れようとする意思と力をはっきり示してジワジワと棚の奥に軀を移動させる。右手でしっかり掴んでいるのに、いかんせん末端に向かってテーパーがかかり、加えて脱皮したばかりで滑りやすいウロコだ、こちらに勝ち目は無い。
握った手のひらから細いシッポが抜けきった瞬間、視界の右上に別のシッポが・・??
カーテンの上のレールから、さっきのヤツより少し小ぶりなアオさんがシッポを垂らしている。
スルスルと窓ぎわを下がって、10年以上前に飢えたネズミが開けた壁際の穴に消えて行くのを見送った。

毎年、この時期にはこの窓周辺やTVの裏側でコイツらを見かけることが多い。ガラス窓とカーテンの間で温められた空気が上がって来る場所がお気に入りなのだろう。

ゲスの興味は駆け巡る。いまのは既にナニが終わって暖かい場所で弛緩していたのか、それともそれはこれからだったのか?(2012/6/19記)

工房に入り込んだこの美しいウロコの爬虫類はあまりありがたく無い。あちこちの隅っこでネズミの毛が混じったウンコをする。それにときには2メートル近い古着を脱ぎ捨ててゆく。
まあでも、気配はあっても何か悪さをする訳でもないしうるさい訳でもない。好きにさせとくかア。

気配と言えば、今日の朝刊に利尻島民の困惑ぶりが記事になっていた。羆が海を泳ぎ渡って島に上陸してから1ヶ月が過ぎる。あちこちに足跡や食痕を残し、センサー付きカメラにその姿を写されながらも、まだ島内に留まっている。
人間との距離に細心の注意を払うことが自己の生存条件だと、本能的に知っているからこの大きさになるまで生きてこられたのだろう。
悲しい運命にならないことを願いたい。