タピオカ・・?

本州以南の人達からは斜め下目線でフンッと言われそうですが、このところ北海道でも26~27℃の夏日が続き、いささかウンザリ気分に支配される昼下がりです。

 

そんな先日のこと。汗ばむ作業の途中で喉をうるおそうと冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、そのまま口をつけてゴクゴク飲んだのです。

身体が要求する必要量を超えるほど喉の奥に流し込み、最後のひとふくみを口の中で楽しんでいるとき、、、何やら歯に触れるような違和感が!!

ウン?? 舌の先で確かめてみるとツルンとした丸いものらしい。

ああ、タピオカだ・・・・? いや、そんな訳ないだろ!

口の中に残った物体をそっと歯で噛んで確かめながら、手に持ったペットボトルの底に5センチほど残ったお茶をのぞき込む。

ウワッ!何だコリャ!  真っ黒いタピオカのような、いや、直径1,5センチほどの小さなマリモのような物体が5~6個浮き沈みしている。と同時に口の中の不気味なヤツが顎のちからを奪い取って唇を半開きにする。

 

冷蔵庫の過信でした。

長く飲みかけのまま放置したお茶を疑いなく口に運んだ自分の失敗です。これは言い訳になるし製造元のキリンに恨みもありませんが、このお茶は<生茶>というもともと濁ったヤツだったから気付かずに飲んでしまったのかも。これが澄んだタイプの飲み物なら、あるいは口に持っていく前に気付いたかもしれません。

 

今でも口の中にプニュッとした真っ黒クロスケの歯触りが残っていて、思い返すたびに感触がよみがえるのです。

さらに、もう何年も前のことですが、パック入りの牛乳をガブ飲みしたら、口中が杏仁豆腐でいっぱいになってノドが詰まりそうになったことも思い出します。

 

これを読んでいて気分が悪くなった方スミマセン。冷蔵庫の過信はいけませんね。

失われた春

コロナ禍はアメリカやブラジルでは今まさに大量の感染者や死者を出し続けていますし、少し前にはヨーロッパ各国がそうでした。ただ、わが国では、「コロナウィルスが猛威をふるい・・」といった表現はどうもいま一つしっくり来ないような気がします。

パンデミック下の海外各メディアからもたらされるショッキングな映像をはじめ、昼夜を問わず降り注ぐ<見えない敵>の情報が、国中をとめどない不安と猜疑心から生じる極度の緊張感で満たしたことは否めませんが、幸いにも破滅的な被害に襲われることなく、おおむね脅威は静まってきたように感じられます。

学者も政治家も誰ひとり科学的根拠を説明できませんし、海外の目にはことごとく常識に逆行しているように見えるという日本の感染症対策は、とにもかくにも経済の収縮傾向と自粛生活にピリオドを打つ状況を許したように思います。

武漢の都市封鎖に始まり、クルーズ船のクラスター問題、非常事態宣言と休業休校の要請、渡航禁止や県をまたいでの移動禁止などをうけて、おおよその国民は大勢に従ってこの5か月の間を半信半疑で過ごしてきました。この間、季節と密接なイベントとしてのお花見や高校野球、入学・入社式やゴールデンウィークの大移動まで否定されて、日本中のほとんどの人達はこころに大きな空白を抱え、2020年の春という季節を失ったような気がしているのではないでしょうか。

 

非常に矮小かつ個人的なことですが、3月半ばにこのブログにログインできなくなりました。メニューバーが出なくなり、調べると「第3者によってクッキーが無効です」などと手も足も出ないアドバイス

己の情けなさの再認識を強いられながら、いたずらに春を見送って夏を迎えようとしていましたが、ちょっと気分を変えて別のパソコンでログインしてみたら、なんと繋がったような気配。何が原因だったのか分かりませんが、抜け落ちたこの3か月間は、無為に時間を見送ってきたような気がします。うまくいけばまたしばらくはブログを使えるかもしれません。

 

人間界には迷いや警戒が渦巻いて、この先も手放しで季節を楽しむことができないと思いますが、工房の周囲の自然環境は、着実かつはずむように夏に向かっています。

 

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画像は何度か見かけた去年と同じ雌熊。2頭いたはずの子熊は、アクシデントがあったのか1頭だけになっていますが、くれぐれも人目に触れないように願いましょう。

ウイルスに引っ掻き回される人間社会をよそに、鹿も狐も狸もウサギもリスも、みんな元気にそれぞれの意思で動き回っています。

 

 

 

 

 

全世界封鎖?

1月半ばに武漢で何やらたいへんな事が起きているらしいというニュースが世界中に配信されたけれど、その時点では一般国民はもとより厚労省の役人だってそれほどの危機感を持てなかったはず。横浜港に係留されたクルーズ船の中で矛盾だらけの乗客隔離が始まった時もそう。

繰り返される報道で全国民に<新型コロナウイルス>の不気味さが知れ渡った頃、陰性の確信が持てないまま乗客乗員が小出しにクルーズ船から吐き出される。外国人乗客が特別機で帰国し、乗客の大半が下船するタイミングで、それに代わってまるでシーソーの動きのように国内各所で陽性の感染者が報道の主題になっていく。

2月の末には感染者が多発したこの北海道で、全国に先駆けて全小中高校の2週間の休みが決まり、国レベルでもこの措置に同調。この間に<コロナウイルス>は世界100カ国以上に広まり、イタリアやイランでは手が付けられないほどの状態になって、ヨーロッパを中心にパンデミックが起きたと発表された。

今朝の各局のワイドニュースでは、パリやローマの街からは人影が失せ、タカをくくっていたトランプ大統領も国境を封鎖し出入国を規制する措置に出たというのが共通のテーマだ。禁制品でも持ち込まない限り自由に行き来できたはずのアメリカ人とカナダ人はシャットアウトされ、もともと往来自由のEU加盟各国で入国拒否が起きている。

4月に3度目の旅行を計画していたニュージーランドでもそう。3月14日付けNZ政府発表で16日よりあらゆる国からの入国者に14日間の自己隔離が義務づけられたかと思うと、15日にはNZ航空から世界各国への大半の運行便を運休にするとの発表。すでに支払った航空券やホテル代をキャンセルするために、あわてて何十回も電話を掛け続けやっとつながってひと安心。でもまだキャンパーのレンタル料のキャンセルが残っている。

雪に覆われた山の中の工房で、たった一人ボチボチと仕事をしている自分は全くクリーンだから、世界で起きているパンデミックやマスク不足とは無関係。数日前までそう思っていたし、今でもあまり実感はないが、楽しみにしていたニュージーランド旅行が見えない敵のせいで吹っ飛んでしまった。

 

 

桜を見る会→サクラを守る会

とくに用もないのにYさんが立ち寄った。ドアに手をかけたまま空を見上げて、

「やーいや、どしたんだべ、ゼンゼン降らねえな!街の方なんか雪融けて道路が川みたいになってワヤだ。今もそこの下の信号んとこでよ、女子高生二人、ガサイ運転する4トン車に頭から泥水かぶせられてよ、可哀想に、泣きそうになってたど。

このまんま春になるんだったらいいったって、そうはいかねんだべなこれが。でも、あんたんとこだって今年の除雪はたいした楽してるべ。除雪機廻すほど雪降ったの2〜3回でないか。」

「いや、オレは肩の手術したってのもあるけどこの冬一回も除雪機使ってないんだ。」

「あ〜そうか、肩悪くしたんだもな。そんなら雪少ない方がありがたいさな。ところでありがたいって言えばよ。ここんとこ毎日毎日新型コロナのニュースばっかりだべ。あれって安倍晋三にとったらほんとに有難いことだと思うど。まあ、国会でも桜を見る会でワイワイやってはいるけどよ、報道と国民の関心は問題にならんくらいウイルスだべ。安倍政権になって一段と強引さを増したすっとぼけとはぐらかしの茶番はもう見たくないしな。」

「隔離して封じ込めるってのは完全に破綻して、クルーズ船が巨大な培養器になっちゃってるし、国内のあっちこっちでウイルスが拡散しかかってるのに、国レベルで科学に裏打された確かな情報を出さないから、みんなが疑心暗鬼になってくるんだよ。かかっちゃったヤツはともかく、予防の効果は殆んど無いって言われても不安が後押ししてマスクは店頭から消えちまうしな。

桜を見る会では、またマルチまがいの社長と写った画像が出てきたけど、これも勝ちパターンの公文書廃棄と個人情報で軽く乗り切るさ。でもこのタイミングでの新型コロナウイルス騒動は、マズい火種をボヤで消せるから安倍さん感謝感謝だろう。」

「あれがこの国のリーダーで他に代わるヤツがいないってのも哀しいけど、まあ次々とバカ大臣が続いてくれるよな。自分でしゃべれなくてメモしか読めないんなら、せめてちゃんと読めよな。サクラの役にも立たねえんだから。」

「日本人なら子供の頃からイヤってほど言われた筈だ、<一つウソをついたらそれがバレないように百のウソを重ねなきゃならない>ってな。官僚トップにもなって、子供でも分かるウソをつかされる役人の辛さと哀しさに同情はするけど、嘘つき政治家の逃げ切りに手を貸すことが、自分や家族の尊厳まで犠牲にするだけの価があることなのか。モリカケ問題だって、時間の経過で今では無かったと同じになってしまったけど、あれは誰が見たってクロだろう。国会対応だって、日本男児としての潔さやサムライの美学がかけらも無いないもんな。役人や取巻きを切腹させても、おのれは黙って逃げ切る政治屋の醜さと、そんなリーダーにアウトを宣告できない無力さが、ジワジワとこの国の活力を蝕んでるんだわ。」

「んだな。公文書を無かったことにするほど、いいふりこいて800人も功労者名目のサクラどもを集めたんだからよ。そいつらを無かったことにしちゃダメじゃん。それにしても、一人のサクラも名乗り出ないってのもな。サクラなんだからしょうがないか。」

 

最近少し健康を気遣うようになったYさん。タバコを2本で止めて帰って行った。 

 

 

 

やっと冬らしく

観測始まって以来の少雪も、立春が過ぎ、開催が危ぶまれる雪祭りが始まる頃になって、やっと解消されてきたようです。

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先日のお昼過ぎ、いつのまにか降り始めた綿雪が、2時間ほどで20cm以上も積もりました。全国ニュースでこんな画像が使われるシチュエーションは災害としてでしょうが、少雪のマイナス情報を毎日聞いている身には、安堵さえ覚えます。

ただ、肩の手術を終えて退院はしたものの思うように動かせない状況は、自宅周辺の除雪さえ出来ない結果を招きます。実際のところありがたいことに異常な少雪で全く除雪をせずに2月まで過ごしてきました。これこそが異常なことではあったのですが、昨日のドカ雪ではご近所さんの善意にすがるようなことになって恐縮の極みです。

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現在の気温はマイナス8℃でこれが本日の最高気温。今朝の気温はマイナス18℃。

おそらくこのあたりがこの冬の寒さの底かもしれません。
 

鏡視下肩峰下除圧術

そんな訳で(何が?)、かかりつけの整形外科医の薦めもあって、体調不良の一因である左肩の骨を削ることにした。半年前から悩まされている関節や筋肉痛とは、痛みの原因としてはまったく異なるのだが、余計に出っ張った骨の一部が左肩を吊り下げている腱板に引っ掛かって、動かすと痛みを伴うようになっていた。

5年前にも似たような手術をして、断裂してしまった右の腱板を4本のチタンボルトで固定してもらったのだが、今回もほぼ同じような手術。ただ、腱板そのものをさわるわけではなく、骨を削るだけなので回復は早いという説明だ。

切開する訳でなく、内視鏡などを挿入する4本の穴を開け、関節周辺に水を注入してバルーン状にし、その水の中で作業を行うらしい。全身麻酔が効いていて自分で見られないのが残念だが、内視鏡の画像をモニターで見れたらいいのにと思う。

 

縫合などのダメージは少ないので退院は早めだが、その後のリハビリはそれなりに掛かるし、面倒でもサボらずに続けるように念を押されている。数年間通い続けているこの病院はスポーツ医学の権威を何人も抱え、手狭になった今の病院の隣接地に近代的で大きな病院を新たに建て替えているのだが、引っ越しが終わって新たなスタートが2月の半ばと決まっている。

「新しい方の病院で気持ちよく手術しますか」との先生に同調し、一旦はそのスケジュールで申し込んだのだが、よ〜く考えてみると、リハビリに努めて軽作業が可能になるのが2ケ月後だという。それじゃ春の納艇に間に合わない。あわてて数日後に「今の旧い方でいいからできるだけ早めに手術して」と頼み込んだ。

 

さっきベッドのそばに様子を見にきてくれた執刀医は信頼がおけるし、麻酔医も前回と同じだから何の不安も無い。それに何より今回は左手だ。右手の時の不自由さとは比較にならない。その時は右手が使えないとこんなに困るんだと思い知らされた。まず字が書けない、箸が持てない、ベルトが締められない、挙げ句にケツも拭けない。

 

当人は不安も緊張も無いし、こんな感じで全てこの医者に任せておけば大丈夫と思っているが、身近な人達が色々と心配してくれる。

大丈夫ですよ〜!昼から手術してきます。

 

割り箸の袋の裏

孫たちがお年玉をもらってひとしきりはしゃぎまわっていたが、別の部屋で遊ぶように促されると、それほど望んでいた訳ではないのに急に静かなオトナの時間に変わった。

おせちを肴に、痛風持ちの哀しさ故、ふだんはなるべく遠ざけている日本酒をチビチビやりながら、こんなときでなければあまり話すことのない、親戚の話や子供の頃の思い出をポツリポツリ。

ゆっくり過ぎてゆく時間と共に、みんなで盛り上がるほどのこともなくなり、黙って手酌しながら昔の同じような場面が想い出されてきた。

 

とくに誰からということは無いのだが、やはり年長者が唄い出すことが多かったように思う。抑え気味の唄声を、座ったままで、遠くを見ながら部屋に放つ。間を置かずに手拍子が入り、合いの手も追っかける。

半世紀も前のこと。若かった自分が唄えるわけではなかったが、宿や山小屋の灯りの下のそんな時間が好きだった。街にいるときにはアフロヘアを膨らませ、コンポラスーツで身を固め、R&Bに魂を震わせて、邦楽なんてクソだと言いながらだ。

 

そのころ耳に入った民謡や歌謡曲を、なぜか今でも想い出すことがある。終わりまで覚えている曲など無く、たいていは1番か2番くらいまでで後は鼻歌にしかならないが、おぼろな記憶を呼び起こそうとすると、脳裏に浮かぶのが箸袋の裏だ。

まだカラオケの無い時代、旅館や宴席はもちろん呑み屋やスナックまで、その土地土地の民謡や歌謡曲の歌詞が割り箸の袋の裏に印刷してあり、誰でも声を合わせることができた。真室川音頭、安来節よさこい節に炭坑節、みんな箸袋の裏で覚えたような気がする。北海道では民謡よりもご当地ソングがほとんどで、函館の女、釧路の夜、好きですサッポロ知床旅情など、見なくても唄える曲が多かった。なかでも印象に残っているのが、網走・紋別地方の旅館や呑み屋でよく手にした箸袋の裏の<オホーツクの海>だ。

当地が出身地ということもあって、義理の父が呑んで機嫌良くなるとこの歌をよく口にした。追憶に浸るような抑えた唄声に手拍子を合せながら、邪魔しない程度に自分も加わりたくて、とっておいた箸袋の裏の歌詞を目で追ったものだ。

 

~  波のうねりも潮鳴りも 消えて沖ゆく舟もなし

   見渡す限り流氷の 身を切るような風が吹く ああオホーツクの冬の海

~ 砂に埋もれて朽ち果てた 遠い昔の忘れ舟

  二人が寄り添う舟べりに ハマナスそっと咲いていた ああオホーツクの春の海

 

ゆっくり風呂に入りながら、もっとあちこちの箸袋を想い出してみよう。