釧路の夕日

たしかに、印象に残るシーンではあります。

日高山脈の西側に転げ落ちてゆく秋の夕陽。幣舞橋の欄干から海に向かってはもう遮るものもなく、旅情も手伝って忘れられない緋色の世界です。

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あまり古い記憶にはないので最近云われるようになったのかもしれませんが、この景観が<世界三大夕日>だというのです。

あとの2カ所がにわかに思いつかないのでNetで調べてみました。

一つはフィリピン=マニラ湾の夕日、もう一カ所はインドネシア=バリ島の夕日だそうです。さらにそれを広めたのは釧路のバーのママ。馴染みのお客さんで外国航路の船員さんが自分の経験として言っていたからというのが話の始まりだとのこと。

世界・・・というからには、大西洋に沈むポルトガルや、太平洋を染めるカリフォルニアの海岸だってあるでしょうし、海ばかりではなく砂漠や雪原にだって見る人を唸らせる日没の景色があるに違いありません。

<日本三大夕日>や<北海道三大夕日>というのもあるようですが、絶対という固定的なものではなく、北海道でいえば留萌の黄金岬や厚田の恋人岬、日本でいえば能登半島の千里浜や出雲の日御碕など、あげればキリがありません。

それらの夕日の素晴らしさを否定するものでは全くありませんが、まあ、こうしたものは言ったもの勝ちなんでしょうね。

ひさびさの・・。

仲間が集まっての呑み会は1年振りだろうか。コロナ禍のせいばかりではない。みんなそれぞれに時を経て、家族も増え暮らしも変わった。

そりゃ当然だ。この工房を作った30年前は誰もが若かった。何によらず集まっては薪をくべ呑んで食った。夏に子供たちは虫を取り武器を作り、冬には犬ぞりで遊び臼で餅をついて食べ、雪まみれになっては焚火で暖をとった。

その頃の子供達が今ではみんな親になり、2人3人と子供を連れての参加となる。

 

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この画像には映っていないが、合わせて10人の子供たちはおもてで大声を張り上げて遊んでいる。この日の大人の参加者は16人、そのうち昔子供だった若い世代が11人。自分たちが子供の頃ここで遊んで育ったことを、わが子にも体験させようとしてくれているのがちょっとうれしい。

今度は雪の季節に薪ストーブを囲みたい。

 

 

 

天高くて 道東

思い立って道東の各所を走り回ってきました。

本格的な秋には少し早いというものの、空は高く、道東らしい景色があちこちで広がっていました。

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士幌町で車を降りたとき、空の青さに思わずカメラをとりに戻りました。

 

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根釧原野を見下ろす開陽台から南を向いて・・。

 

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<天に続く道> 時間的に光線の具合がイマイチでした。直線道路の多い道東ですが、自分的にはこの道路からもう2本西側の、つぎつぎと丘を越えて小清水から中斜里に向かう334号線のほうが気に入っています。

 

十勝、知床、網走、日高と、初めて訪ねる場所はなく、時どきの思い付きをつないだ旅でしたが、束縛されることなく自由な旅ができる夫婦二人の生活になったということでしょうか。

 

 

分っかるかな?

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動画なら良く分かったかもしれませんが、静止画でしかも遠近感もないとなるとこんなにもわかりづらいもんなんですね。

この画像の正面。10メートルほど先の柳の木に向かって、笹を踏みしだいたけもの道ができています。2度や3度ではなく、踏まれた笹が起きるころにはまた倒されるように、通路として利用されるヒグマの痕跡です。

夏の暑い日、ガサガサ音がする方を見ると、柳の木の横にすくっと立ち上がってこちらの様子を窺うかなりデカいやつの上半身がありました。「コラッ!!」と大きな声を出すと笹の中に身を沈めて裏の山に駆け上がりましたが、後ろから続く音と笹の揺れ具合から子連れだったことが判りました。

 

ここは一年中過ごしている工房の裏手、この写真を撮っている両側は物置と作業場なのであんまり頻繁に歩き回られても困る場所ではあります。まあ突然襲い掛かってくるようなワルサをする訳でなし、お互いが干渉せずに同じ場所で暮らすのは気持ちのいいことです。

 

勝手にそう思っているのですが、昨日の午前中、パンッ!パンパンッ!・・パパン!と猟銃の音。直線距離で1キロほどの学校や国道から風に乗って聞こえる音から較べるとその半分くらい、おそらくここから数百メートルの位置で6発の銃弾が放たれました。

 

無機質で乾いた銃声が、何かの命を奪ったのでなければいいのですが。

 

 

なにもせずに秋

総理は明るさが見えてきたと言うが、そんなこと鼻しらむばかりで誰も信じる訳がない。あきれるばかりのワクチン騒動をあざ笑うかのように、コロナはデルタ株となっていよいよ勢いを増すばかり。

9月3日、とつぜん降って湧いた総裁選に与党内は駆け引きの渦。国民はまたも理念なき政治屋たちのドタバタ劇を見せられる。

この1年間に菅総理やこの政権が何をせず何をしたのか、そしてそれはこの国や国民にとってどれほどのマイナスがあったのか、よく考えて整理しておかなければと思っていたが、いきなりサイコロが振られて過去がチャラにされそうだ。

「Go To トラベル」のせいでは無いとの強弁も、正月に爆発した第3波に仰天して声を失くし、以来ゴリ押しのオリンピックを挟んで今に至るまで、非常事態宣言と蔓延防止措置が断続的に続く。

どんよりと地球を覆った雲の下で、みんなが外食や旅行をあきらめて希望の見えない暮らしを続けるその間に、暑い夏が駆け足で過ぎて秋の気配が漂い始めた。

コロナもアフガンも気候変動もすべてうっちゃって政権交代が始まる。

 

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美瑛の青い池。この画像にとくに意味は無いけど、どっか行きたいですよね。

東京か! いやシベリアか!

またまたブログが書けなくなって4か月。

いろいろやってはみるものの、どうも復活できず。「匙を投げるとはこのことか」と思いつつも忙しさに追われて4か月も空くことに・・。

 

いや~ア、まいったまいったこの夏は。

コロナやオリンピックについて言いたいことは際限なくあるが、感情が混じりそうだし、少し落ち着いてからにした方が毒気が抜けてジェントリーになれるかも。

 

それよりも、書きとどめて置かねばならないのはこの夏の異常気象。

6月中にも7月に入ってからも一度も30℃を超える日がなかったのに、7月の半ばを過ぎてからの連続真夏日。97年前の17日連続の記録を7日に塗り替えて、全道で過去に例の無い暑い夏。猛暑日や熱帯夜のワードを縁遠いものだと思っていたのに、無慈悲に裏切ってくれた。朝から夕方まで何リットルも水やビールを飲み、汗を絞った仕事着を3枚ずつ洗濯機に投げ込む毎日。

各家庭にクーラーなんか無かった半世紀も昔、東京新宿のアパートで寝ゴザをぐっしょり濡らし、ゴロゴロと寝返りばかりうちながら熱帯夜に耐えていたころが懐かしい。

気温だけではない。1か月以上も雨が降らずに照りつけるもんだから、浅い根張りの草たちは成長できないし多くが枯死してしまった。おかげで今年は草刈りをしなくて済んでいるけれど・・。

 

かと思うと、台風から温低に変わった低気圧が北海道の東方海上に抜けて北から冷気を引っ張り込んで、翌日からストーブが欲しくなる肌寒さ。札幌も12日の朝が12℃だったが、何度も真夏日を記録していた稚内市沼川では朝の気温が氷の張るような2℃台だったそう。

 

この極端な傾向は治まることなく今後も続くというのが大方の科学者の見立てだが、我が身の周りだけでなく、49℃にもなって山火事に襲われたバンクーバーをはじめ世界中から届く洪水や干ばつのニュースが、いやでも温暖化説の説得力を増す。

ともあれ、むかしの東京を思い起こさせる暑い夏は終わった。

 

春旬鍋

この土日、ほぼいつものメンバーで、この時期恒例の<春旬鍋>。

毎年のことで、みんな覚えているとは思うけど、ちゃんと伝えておこう。

 

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* まず出汁をとる。できれば水から時間を掛けたほうが良いが、鍋に昆布を敷き、煮干しを入れてひと煮立ちさせる。

* 煮干しや昆布はそのままにして、沸騰したら味噌を溶き入れる。それから油を投入。この油がポイント。さらっさらのサラダオイルではなく、何度か天ぷらなどに使って多少揚げ玉などが混じってドロっとしたヤツの方が断然コクが出る。

* さらに鰹節を一掴み。

* この鍋に入れるものは、適当な大きさに切った豚バラ肉と、採りたてのギョウジャニンニクを山盛り。

* 煮たったら、明日の口臭なんか気にしないでバクバク食べる。

* この鍋はこれで終わりではない。何回かこれを繰り返して具が少なくなった頃、3コ100円のヤツでも良いから、焼きそばの蒸し麺を大量に投入。この味噌ラーメンで〆とする。